23日目 : 気仙沼市街へ
朝起きてお米を炊こうとしてると、ユースホステルの方が「いいからいいから。昨日の分も残ってるし。」と言ってくださり、朝食を提供していただけることになりました。
ありがとうございます。
朝食の後ダラダラ準備をして、出発は9時前。
今日は唐桑半島の内湾と呼ばれる部分を抜けて峠に入り、海沿いを歩いて市街地へ…という感じのルートです。
宿の方に教えてもらった道を歩いて、ユースホステルから漁港に出ます。
昨日僕を拾ってくれた方(Mさんとします)曰く、唐桑半島が防波堤のような役割をしているため、内湾は波がとても穏やかだそうです。
カヤックなんかをするのにも最適な環境とのこと。
昨日ユースホステルで牡蠣をいただいたのですが、波の荒い半島の外側(外洋)と内湾の環境を上手く利用しながら育てる牡蠣は、身の詰まった「もまれ牡蠣」としても有名です。
昨日食べたのもそれはもう美味でした。
何度か気仙沼に来ていますが、「海と生きる」というフレーズを見聞きしたことがあります。
三陸沿岸は漁業が盛んなわけですが、まさにそのフレーズがぴったりな風景が広がっていました。
久々にドローンを使ってみましたが、結構な数の筏です。
あとでMさんに聞いてみましたが、かなり元に戻ってきたとのこと。
あの震災のあと、「海と生きる」というフレーズを掲げた覚悟のようなものに想いを馳せたりしました。
唐桑半島を出た後は峠道です。
峠道といっても、こないだの石塚峠や鍬台峠のような未舗装・登り坂・道に迷うといった感じではなく、きちんと整備されてるので歩きやすいです。
ただ最近感覚が狂ってきてるようで、舗装路だと物足りなさを感じたりしてます。未舗装のハードな峠道はもちろん歩いてる時はしんどいんですが、振り返ってみると「楽しかったなぁ」と思うのです。
近くにトイレがあったらどこでも寝れるんじゃないかとも思うようになりましたし、3週間でずいぶんたくましくなりましたよ。
峠道を歩いて岬の突端で昼食を取ることにしました。
食料を買っておくのを忘れてたので、バックパックを風防にして米を炊きます。
人がいないので何も気にすることはありません。
お米炊いて食べて片付けてドローン飛ばしてで、1時間ぐらいここにいました。
目の前には東北最大の有人離島である大島が見えます。
ここには明日行く予定。
来年から橋が使えるようになるそうで、一気にアクセスが便利になります。
今はフェリーに乗って大島に渡るのですが、橋がかかることによってこれが無くなってしまうので、トレイルのルートも変わるかも…とのことです。
この後は、218号線を通って市街地方面へ。
ダンプカーも結構通ります。
小屋や、建設会社の仮設社屋?が建ってたりするので人気がないわけではありません。
道を歩いてると、気配を感じて視線を右に向けてみました。
カモシカがこっち見てました。
北山崎以来の遭遇。
シカはそれこそ脱兎のごとく逃げて行くのですが、カモシカは逃げません。
カメラ目線なのでいい被写体です。
造船所があったりします。
ウォーターセブンみたいですね。ワンピースに出てくる地名です。
奥の船に木が立ってるのが見えるかと思いますが、これは何に使うんでしょうか。あとで調べてみます。
5〜6km歩いて市街地へ。
3年ぶりに来たわけですが、当たり前ですが当時はなかった建物が建ってたりして、ずいぶんと知ってる景色とは変わってるような気がしました。
問題はどこに泊まるかです。
やっぱり街中になるとテントを張れる場所はありません。
一軒ネットカフェを見つけたので、今晩はそこに泊まろうと思ってます。
横になれてシャワーも使えるので、旅してる身分としては十分です。
ネカフェに向かっていると、軽く宗教の勧誘に遭いました。
住んでるとこでも何回か宗教の遭ったことがあるのですが、あれですかね、そんな病んでるように見えるのでしょうか。
とりあえずネカフェに到着。
荷物を置かせてもらって、今晩の予約をしておきました。
数時間暇です。
Mさんの塾(塾をされてます。ワンオペとのこと)に来てもいいと言っていただいたので、お邪魔させていただきました。
結構長く震災の復興関連の話をお聞きしてましたが、今更ながら勉強の邪魔だった気がしています。
みなさんお邪魔しました。
夕食は牛丼。
ネカフェに帰って寝落ちるも、隣のブースから爆音のいびきが聞こえてきて目が覚めまして、ブログを書いてました。
本日の歩行距離 : 約17km